恐るべし杉高三バカトリオ

赤坂バードランドは、かの世良譲さんの御子息がやってらして、いろんな催し物も手掛けていると名刺を戴きました。
そしてなんとジャズドラマーの関根さんと初めてプレイした。
かつて私がHIPSというバンドをやっていた時のドラムの竹内君のお師匠さんなのだ。
比較的大きめの音量だが全体的にきれいな音を出す人だった。
そして何よりも音に対して、音楽に対して真剣なのが伝わった。
日曜の昼から恒例の亡くなった友人たちを偲ぶ会があった。(9人集合)
まずはいつもの台湾料理屋で紹興酒
(この店はとてもおいしい料理を作ってくれる、そして安く飲める。)
昔話で盛り上がり、O君の20才位の頃はZEPPELINのロバートプラントみたいなヘアースタイルだった。
などと私が言ったところ”なんだなんだそれは”とボルテージが上がりまくり。
O君の父親は水道屋さんで、O君ははよく工事の手伝いをしていた。
あまりにも忙しく働いていたので髪は伸びほうだいに、だが下はニッカボッカ
今はつるつるの頭なので”証拠を見せろ”などとけしかけられてO君もたじたじ。
私はロン毛のマントヒヒだと思っていたのだが、みんなの盛り上がりについつい言うのを忘れてしまった。
次回は覚えておいて必ず言いたい。
BETLES大会は三バカトリオプラス2.
知らないうちに2時間も歌っていたらしい。
その後も三バカはいつものように2軒ハシゴ。
(幼馴染みのシンちゃんのやっているそば屋、実弟が店長をやっている。仕上げのソバをオーダーしようとした時、刺身の盛り合わせの差し入れがきて天狗舞2本追加。そばも食いジャズ吐夢へ、こちらはジムビーム。)
酒飲むのは基礎体力がないと飲めないと言ったのは北野たけしだった。
まさにO君は若い頃からサッカー、空手、山と鍛えてきた、I君も山へ行くと人が違ったようになるらしい、25キロもの荷物を背負い、すたすたと山を登るらしい、二人とも体力は抜群だ。
私も成人するまでは、野球、陸上短距離、水泳などをやっていた。
あの二人と飲むのには相当体力が必要だ。
いつまでバカ飲みできるか?
ああきもちよかった。