ビルボードでミーターズ

電話で予約し、昨晩までうきうきしていた。
何をおいても行こうと決めていた。
ネビルブラザースで来日して以来。
その時は日比谷野音だった。
圧倒的だった。
たしかアーロンが熱出してステ―ジに上がれないので、ドクタージョンがゲストでギター抱えて出ていた。
ネビル(ミーターズ)のレパートリーを全部覚えているのもすごいが、トラブルがあった時のエネルギーの出方は、半端なかった。
世界一のファンクバンドの実力を発揮していた。
そんな記憶を持ってビルボードまでいった。
ミーターズビルボードはミスマッチじゃないか?
結果的にはミーターズに義理を果たしたという感じになってしまった。
アートさんはオルガンまで一人では行けず、顔もデスマスクのようで、悲しくなった。
太い腕をジ―ジャンのベストから出し、分厚い胸板をゆすり、太い声でシャウトする姿はもうない。
ネビル時代のアートさんを観て、持っているジ―ジャンの袖を取り、真似をしてその気になっていた。
カウントベイシーオーケストラの最後もフレディ―グリーンもベイシーも車いすだったが、楽器に向かうと、元気百倍だった。
アートさんは昔ながらのハモンドオルガンB-3にレスリースピーカー2台。
音はさすがの音だった。
このバンドは代々ドラマーが優秀だ。
リズムパターンとリフで始まった。
ジョージポーターより俺のが上手いんじゃねーか?
フェンダープレシジョンベースにヘビーゲージの弦を張り、弦高も目いっぱい高い(だろう)。
しかしこの型枠からはみ出しているサウンド、グルーブはまぎれもなく、ベースによるものなのだ。
もしあそこで私がベースを弾いたとしても、うねうねのファンクサウンドにはならないのだ。
AIKO AIKO、HEY POCKEY AWAY,AFRICAとヒットソングは客ものりのりだ。
残念ながらFIRE ON THE BAYOUは聞けなかった、アートさんがあの状態だと歌は無理。
しかし、アンコール終了後楽屋に戻るアートさんにTHAK YOU FOR COMMING、と言い握手してもらった。
ジョージポーターにはNEWORENS,MAXWEL TOURAS CAVARETであったことあるんだよ,よく来てくれました、ありがとうといい握手してもらった。
彼もまたおおきな黒人だが頭はすっかり白くなっていた。そして君もNEWORENS までよく来てくれたねとハグしてくれた。
帰りの地下鉄で考えた。
いまいち本物の感じがしなかったのはなぜだろうと。
ひとつにはテンポのことだ、全部メドレーになっていて、言い方が悪いが演歌チャンチャカちゃんみたい。
本当はAFRICAなどはもっと遅くディ―プでうねるような感じなんだが、さらっとしすぎている。
それともうひとつは、ジョージポーターがたぶんこの形式で営業していたんだろうということ。
ミーターズの名前ではなくても彼がメンバーを集めてライブをやっていたんだろう。
そして少し時代にすり寄って、ライトなかんじでアレンジしたと推測。
そして確信した。
そうに違いない。
でなければ、長い時間メドレーで演奏するのは大変だ。
出来上がっているものがあれば、あまり時間掛けずにできる。
我がHIPS時代、弘太郎とミーターズのカバーをよくやっていた。
いいせんいっていた。
その弘太郎の3回忌に今から行きます。